礼拝説教要旨 「効率を求めるのではなく」(ヨハネ 6:1-15)

2月11日
降誕節第7主日
信教の自由を守る日

ヨハネによる福音書 6章1-15節(新約P.174)

説教 平良愛香牧師
「効率を求めるのではなく」

 

二匹の魚と五つのパンを持ってきた少年。それに対しアンデレが言う「こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」これが人間の「普通」の価値観。役に立つか立たないか、こんなわずかなことでは生産性を生まない。しかしイエスはアンデレが「役に立たない」と言い捨てたその場にとどまり続けた。果たしてこの少年と、その少年の持つ食べ物は本当に役に立たないのか?と。

役に立つか立たないかが生存の判断基準にされたことが人間の歴史にどれほどあっただろうか。その基準を設置してしまう「あたりまえ」の状況を、イエスは突いてくる。役に立たないとジャッジされたものに神は目を止める。「役に立たない」とどうして言えるのかと。

テーブルなどを運ぶ時に「男の人来て」と言われることが多いが、私はそこで性別役割分担をするのはおかしいと考えているのでそれを避けて「力のある人来て」と言うことが多かった。ところが「力にない人は役に立たないから来なくていいと言われているように聞こえる」という指摘があり、「誰か来て」と言うように変えた。その結果作業が滞るようになった。線引きをすると仕事がはかどり効率が上がる。けれどその線引きで辛い思いをしている人がいることに気付いたとき、効率を最優先にしていることの危険性に気付いた。私たちはどちらを選ぶのか。

どうしようもない、解決法がないようなときに、「神がそこにいる。人々の間におられる」ということを信じたときに、あるいは一部の人だけが得をするような、解決ではなく、また、一部の人が切り捨てられるような解決でもなく、すべての人への祝福を求めたときに、神が奇跡を形にする。生産性ではなく、「役に立たない」といって切り捨てられてきた事柄の中に、「本当にそうなのか?」と問い掛ける神がおられる。

信教の自由を守る日、それは大きな国家政策上、「国」という集団を無理やり一つにまとめるために「役に立たない」とされたものを取り戻す日でもある。人間の尊厳といのちを守り続けるために、人間の強権的判断を許さないという信仰的決断をより固くする日でもある。なかなか解決が見いだせない新たな困難が襲ったときに、生産性だけを基準にして、アンデレのように、「こんなことは何の訳にも立たない」と思ってしまうことは多い。けれど神は奇跡を起こせる。共に生きる道を本気で私たちが探ったときに、奇跡が実現し、共に生きる道が生まれる。それをイエスの奇跡は思い出させてくれる。

 

 

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