礼拝説教要旨「わたしから離れてくださいと叫んだペトロ」(ルカ 5:1-11)

1月22日
降誕節第5主日

ルカによる福音書 5章1-11節(新約P.109)

説教 平良愛香牧師

「わたしから離れてくださいと叫んだペトロ」

 

イエスは漁師であるペトロ(最初はシモンと呼ばれている)に舟に乗せてもらい、岸から少し離れたところから陸の群衆に語った後、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言う。漁の専門家であるペトロは「無理だ」と思ったが「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と言った。このあと大量の魚が捕れ、ペトロは、イエスの足元にひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。どうしてそう言ったのか。

ペトロの心情については、聖書は何も語らない。ただイエスの「恐れることはない」という言葉に現れている通り、ペトロはイエスが近くにいることに耐えられないほどに恐れた。イエスが近くにいることで、自分のちっぽけさ、卑屈さ、臆病さ、いい加減さ、その一方で威張り屋な部分や傲慢な部分などを見抜かれている、と感じたのではないだろうか。

「この人の前では取り繕うことはできない、すべて見抜かれている」と瞬時に悟ったペトロは、思わずイエスの足元にひれ伏して「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と叫んだ。イエスを主と呼んだことで、この箇所はペトロの信仰告白と言われることもあるが、信仰以前に、自分をいつも取り繕って少しでも良く見せようとしてしまうそんなメッキは、イエスの前では意味をなさないということにペトロは気づいてしまったのではないだろうか。それに気付いたとき、そこに恐れが生じるのは分かる気がする。

そのペトロにイエスは言う「恐れることはない」。これは、イエスの光の前で自分の情けなさに怖気づいて恐れているペトロを十分に分かっているイエスからの「大丈夫だよ」という言葉だった。イエスは、わたしたちが「自分なんかダメだ」と卑屈になって尻込みしそうになっていることを知っているうえで「大丈夫だよ。恐れることはないよ」と語りかけてくる。

イエスがペトロを弟子として選んだのは、特別に優秀だったからではない。特別に人間性が高かったからではない。ただイエスを「主だ」と気づいたペトロ。そのペトロをイエスは招く。「あなたは人間を獲る漁師になる」と。そのイエスはわたしたち一人ひとりを招く。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」イエスの招きに、従っていきたい。

 

 

お知らせ(2023年1月22日週報より)

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