礼拝説教要旨「ハンナとアンナ」(ルカ 2:21-28)

1月1日
降誕節第二主日

サムエル記上 1章20-28節(旧約P.429)
ルカによる福音書 2章21-28節(新約P.103)

説教 平良愛香牧師

「ハンナとアンナ」

ハンナはサムエルの母親。悲しみの後、祈りによって子が与えられたハンナは、その子を乳離れまで育てた後、「この子を主にゆだねます」と言って祭司エリに託す。(その後、サムエルは預言者としてサウル王やダビデ王に油を注ぐ役目を担うことになる)。

それから何百年もあと、ダビデの子孫の中からイエスが生まれ、初めての宮もうでのときに、シメオンと女預言者アンナがそれを祝福する。アンナは早くに夫と死に別れており、非常に高齢だったが、毎日神殿を離れず、昼も夜も神に仕えていた。アンナはイエスと両親に近づいて来て神を賛美し、人々に「この赤ちゃんこそ救い主だよ」と話した。

ハンナとアンナ。たまたま名前の似ている2人の女性。けれどこの二人は神からの応えを待ち続けていた女性だった。ハンナは子が与えられることを確信し、その子こそ神に捧げられる子であると希望を持った。一方アンナも神からの応えを待っていたのだと思う。夫を早く失い、困難の中で生き続けながら、それでも寄り添ってくださる神を信じ、神に仕えて生きていた。漠然とではなく、神がささやきかけてくれる声を待っていたのではないだろうか。だからこそ、イエスが初の宮もうででマリアとヨセフに連れられて来たときに気づけたのではないだろうか。

聖書には神の声、神からの応答を待っていた人が多い。あえて言うなら、苦しみの多い立場の人ほど、神からの声を待つ。そしてその声に気付く。

サムエルを産んだハンナは、その子を祭司エリに託するとき、

「勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる」「食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない」と祈る。一方「弱い者や貧しい者を高く上げて、高貴な者と共に座に着かせる」ということも言う。どの人も神の前で尊い存在として扱われるハンナの賛歌は、神からの応えを待ち続けた者としての驚き、感謝、賛美があふれ出ている。

シメオンはイエスと会えた瞬間、イエスを祝福し、「さらせたまえ」と賛美する。もう死んでもいい、という告白であると同時に、「人生には苦しみも悲しみもある。生きるのが辛いときもある。それでも、神は共におられる。そのことだけは確かである」という約束を祝福する。ハンナもアンナも、そしてシメオンも神の応えを待った。そして神の応答をしっかりと受け止めた。私たちも新しい年、神の応えをキャッチする歩みを始めたい。

 

 

お知らせ(2023年1月22日週報より)

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