礼拝説教要旨 「愛し合う理由」(ヨハネ 13:31-35)

2022年5月8日

復活節第四主日

ヨハネの手紙一 4章13-19節(新約P.445)
ヨハネによる福音書 13章31-35節(新約P.195)

説教 平良愛香牧師

「愛し合う理由」

 

イエスは「あなたがたに新しい掟を与える」と言ってから「互いに愛し合いなさい」と語る。隣人愛は昔から言われていた最も大切な教えの一つ。なぜ「新しい掟」とイエスは言ったのか。

人を愛することは数多くの戒めの一つであった。それ以上に「神を愛すること」が第一とされてきた。ところがイエスはたった一つの掟として互いに愛し合うことを告げた。神を第一にせよとも言わない。そこに一つ目の新しさがある。それってただのヒューマニズムでしょ、と切り捨てられるような姿勢と生き方にこそ、イエスが伝えようとした本当の掟が込められているのではないだろうか。

同時にそれは厳しい掟でもあるといえるかも知れない。わたしが愛さねばならない人は、親しい仲間たちばかりではない。愛されていない人、愛されていないと感じて孤独の中にいる人。イエスはそのような人を愛した。あなたが愛さねばならない人はここにもいるよ、それに気づかせるために、そのような人の中にこそ私イエスがいるのだ、と語る。

もう一つは、隣人を愛しなさい、ではなく、互いに愛し合いなさい、ということ。苦しんでいる人に手をさしのべるのも愛だけど、私だって苦しんでいる、あなたに手をさしのべられたい。そんなときに「あなたが手はさしのべる側になりなさい。でも相手から手をさしのべられることを求めてはならない」とは言っていない。

互いに愛し合うというのは、一方通行ではない。旧約の隣人愛の規定にも自分を愛するようにとあるけど、イエスの言葉はもっと広い。互いに愛し合いなさい。あなたは他者を愛し、他者からも愛されなさい、と言った。イエスは徹底して水平の関係を重んじた。それまでの、また現在においても信仰の常識ともいえることを打ち破ったのがイエスの新しさだった。

互いに愛し合う理由。それは、「その掟を守れば神さまからご褒美がもらえる」といったものではない。この掟は、神がいかに私たちを愛しているか。わたしたちはいかに、愛される価値があるものであるのか、を伝えるということだった。

イエスは絶えず、「あなたが愛すべき人、あなたが互いに愛し合うべき人はここにもいるよ」と気づかせようとする。それに気づいたわたしたちができることは、「愛である神がわたしを捕らえた。だから、わたしたちは、その愛でまず自分を愛し、他者を愛し、そして互いに愛し合うことで、神に応える」ということ。そのことを通して、神の愛が、愛の神が、全世界に広がっていく。