礼拝説教要旨 「非効率な羊飼い」(ヨハネ 10:7-18)

2022年5月1日

復活節第三主日

ヨハネによる福音書 10章7-18節(新約P.186)

説教 平良愛香牧師

「非効率な羊飼い」

 

聖書の中で、ときどき神や指導者が羊飼いにたとえられることがある。その働きを具体的に、そして深めていったのがイエスだった。敵対する力から命がけで羊を守るのが良い羊飼いである、とイエスは語り、私がそうである、と宣言する。

でもこれって、よく考えるとものすごく効率が悪い。効率だけで考えるなら、何かあったら、羊1匹を見捨ててみんなで逃げるほうがずっと効率がいい。しかし「良い羊飼い」はその非効率を選ぶ。利益のためではなく、またこの羊が後々、価値が高いものになるからでもなく、今、この羊を愛するがゆえに、命がけで守ろうとする。私たちの社会が効率主義に陥っているときに、イエスは「私の基準は効率ではない」と宣言する。

私たちは飼い主である神やイエスのことを誤解していることのほうが圧倒的に多いはず。でも知っていることが一つだけある。「この人は自分を生かしてくれる。この人は安心。」イエスが言った「羊も私を知っている」というのはそういうことではないか。

今日の福音書はさらにこんな言葉が続く。16節「私には、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。」

私たち一人一人をイエスは知っている。けれど、「私たち一人一人を、命をかけるほどに愛し知ってくださる」というイエスの愛は、囲いの外にいる者たちにまで広げられる。羊飼いを知らない羊たちにも、イエスの思いは広がっている。

囲いで譬えられているのは教会だろうと思う。イエスを「わたしの羊飼いである」と知っている群れである。けれど同時に、イエスは教会に属する者だけの飼い主なのではなく、その外にいる者の主でもある。教会が飼い主イエス・キリストを独占するのではなく、この世界すべてを愛し、命がけで救おうとされているキリストが、いま働いておられる、そのことを覚えたい。

私たちの生きている地域、国、地球、そこにいる羊たちに、イエスは働きかけておられる。そしてわたしたちは、そのイエスを知らない者ではなく、わたしたちすべての羊飼いを知っている者である。イエスと一緒に働く者でありたい。飼い主の声を聞き分けるこの地域、この国、この地球、この世界に対し、イエスと共に働く者でありたいと思う。