礼拝説教要旨「真夜中のランナウェイ」(マタイ2:13-23、エレミヤ31:15-17)

 

2020年1月3日

降誕節第2主日

エレミヤ書 31章15-17節(旧約)
マタイによる福音書 2章13-23節(新約)

説教 平良愛香牧師
「真夜中のランナウェイ」

 

東方の学者たちがベツレヘムで幼子イエスに会った後、夢で天使からお告げがあったため、別の道を帰って行った。天使は次にヨセフの夢に現れ、ヘロデ王がこの子を殺そうとしているからエジプトに逃げよと告げる。ヨセフは夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに向かう。まさに「真夜中のランナウェイ」、イエスは生まれてすぐに命を狙われ、難民となった。

ヘロデは学者たちにだまされたと知って激怒する。そして、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を一人残らず殺させたという。クリスマスの物語は、救い主誕生の希望の話の直後に悲劇が続く。

実はこの物語は史実ではないだろうと言う人も多い。けれどイエスが生まれたのは、命(とくに幼い命や弱者の命)が軽んじられている時代だった、ということを聖書は記そうとしたのかもしれない。それは現在の私たちにも問いかけてくる。

生活困窮者支援の中で、授業料を払えず高校を中退し、親子でホームレス生活を強いられていた人の話を聞くと、「憲法で保障されている生存権や幸福追求権が行き届いていない人たちがいる」と感じる。

南アフリカで人権活動しているレズビアンの人は、ウガンダの同性愛禁止法成立が一旦止まっていることについて「確かに同性愛者を罰していいという法律は通すわけにはいかない。けれど、同性愛禁止法については世界中から非難の声があがって国が対応せざるを得なくなっているのに、実際に食糧不足や水不足、薬不足でつぎつぎ子どもが死んでいることに対しては、どうして世界中が声を上げてくれないのか」と語った。イエスが生まれたとき、たくさんの子どもたちが殺されたという悲劇。それは、「昔悲しいことがあった」ではなく、「今も起きている悲しい現実」であり、その中にイエスは来られたという話。

私たちは、クリスマスを喜び祝うと同時に、どんな世界にイエスがやってきたのか、その中で忘れ去られている人がいないか、しっかりアンテナを張っていきたい。生まれてすぐに難民となったイエスや、権力の犠牲になる子どもたち。そこに象徴される、軽んじられる命を思うとき、今年こそは、主イエスの平和がもっともっと実現する年にしていきたいと思う。それが実現するときに、小さくされている者だけでなく、私たちにとっても平和がいよいよ実現する。「あなたがたのために救い主が生まれた」という宣言が、この世界のすべての人のための言葉となるよう、今年も顔を上げて歩んで行きたい。